ただちに・すみやかに・遅滞なく

法令用語というのは、似たような言葉でも微妙にニュアンスが違うことがあります。

そのため、契約書のドラフティング(起案)にあたっては、一言一句に注意を払わなければなりません。

 

以前、ある覚書を作成する過程で、売主側のである私と買主側の担当者との間で、ちょっとした用語の使い方で攻防戦が繰り広げられました。

私(売主)の書いた条項案:

「買主は、本日以降、本件居室の売主から買主への承継に関するテナント承継承諾書への押捺をただちに本件賃借人より取得する義務を負う。」

買主からの修正案:

「買主は、本日以降、本件居室の売主から買主への承継に関するテナント承継承諾書への押捺をすみやかに本件賃借人より取得する義務を負う。」

最終的に合意した条項:

「買主は、本日以降、本件居室の売主から買主への承継に関するテナント承継承諾書への押捺を遅滞なく本件賃借人より取得する義務を負う。」

違うのは赤字の部分、「ただちに」「すみやかに」「遅滞なく」だけです。

いずれも「いますぐ」というような時間的即時性を要求する用語で、日常会話の上ではそんなに意識して使い分けられていません。

しかし、法令や契約書で用いられる場合にはそれぞれ若干ニュアンスが違います。

まず私が用いた「ただちに(直ちに)」ですが、これが最も時間的即時性が強く、何をおいてもすぐに行わなければならないという意味を表します。

大辞林(三省堂)でも「時間を置かないで物事を行うさま。時を移さず。すぐ。」と説明されています。

上記のケースでは、売主は承諾書を一刻も早く取得して欲しいという事情があったので、一番厳しい用語を用いたのです。

これに対し、買主が提示した「すみやかに」は、「ただちに」よりも急迫度が低く、「できる限り」といった訓示的意味合いを示す場合に使われます。

法的拘束力も弱く、違反しても即違法とはならないというようなニュアンスで使用されています。

買主の立場では「ただちに」ではあまりにも苛酷だということで、自分にとって一番拘束力のゆるい表現への変更を求めてきたわけです。

そして、最終的に折り合いがついたのが「遅滞なく」です。

これは、正当又は合理的な理由がない場合に限り直ちに行わなければならないという意味を表しますが、裏返せば正当又は合理的な理由があれば多少の遅れがあっても許されるといったニュアンスです。

 

契約書にサインするということは、その契約に定められた自己の義務を履行しなければ違約となり、損害賠償責任を負わなければならなくなります。

そのため、少しでも自分が違約とならないように文言を工夫することがドキュメンテーションにおいては重要なポイントとなるのです。 

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